開発組織を運営することは、決して簡単ではありません。プロジェクトが思うように進まず停滞したり、チームの生産性が期待通りに向上しなかったりすることもあります。試行錯誤をくり返しながら、理想と現実のギャップに悩むリーダーやマネージャーも多いでしょう。
アソビュー株式会社 VP of Engineering(以下、VPoE)の服部毅保さんも、かつて同じような課題に直面してきました。そして、その過程で「自分は、真の意味でメンバーのことを理解できていないのではないか」と気づき、マネジメントスタイルを変えたのだといいます。この記事では服部さんのキャリアを通じて「開発組織のマネジメントにおいて重要な考え方」をひも解きます。
「とにかく自分が頑張らなければ」から始まったキャリア
――まずは、アソビューに入社して間もない頃のキャリアをお聞きします。
アソビュー入社後はメディア事業に参画し、数カ月ほどしてから遊び予約サイト「アソビュー!」のリニューアルプロジェクトに合流しました。しかし、プロジェクトチームはバラバラの状態で、予定通りにシステムをリリースできませんでした。そこで、チームの立て直しが図られたんです。
チームビルディングやスクラムの導入などを進めるうちに、開発は徐々に軌道に乗り始めました。途中から私がスクラムマスターとエンジニアを兼任することになり、なんとかリリースにこぎつけました。これが私にとって、アソビューでの初の大規模プロジェクトでした。
――当時の服部さんは、どのようなタイプのエンジニアでしたか?
「何としてもプロジェクトを前に進めたい」という意識が強く、タスクをひたすらこなすタイプでしたね。推進力はあったものの、良くも悪くも他のメンバーとぶつかることが多かったです。
たとえば、アソビューの現CTOである兼平(大資)さんとも、最初は衝突しました。彼は昔も今も変わらず、「他の人ができることは任せて、自分にしかできないことに集中する」というスタンスです。しかし、当時の私はその重要性を理解できず、「同じチームにいるのに、なぜ兼平さんはやらないんだ?」と疑問に感じていました。彼に不満をぶつけてしまったこともあります。
この手のエピソードは、ほかにもたくさんあります。その頃の私は視野が狭く、自分と考えの違う人を理解できなかったり、メンバーに対してきつい言い方をしてしまったりしていました。振り返ると、当時の自分の言動を申し訳なく思います。
――真面目で仕事熱心なエンジニアは、周囲と衝突することもありますよね。その後のキャリアはどうでしょうか?
働きぶりを全社的に評価していただき、マーケットプレイス事業のプロダクト開発組織のマネージャーに就任しました。加えて、ベトナム拠点の開発組織もリモートでマネジメントするようになりました。
ベトナムでのカルチャーショックが自分の意識を変えてくれた
――服部さんは2019年より、ベトナム拠点のCTOに就任して、組織の立て直しに尽力されたと伺っています。
アソビューは2018年にベトナムにオフショア開発拠点を立ち上げました。しかし、1年ほど経った頃から「依頼通りのものが出てこない」「タスクの進捗がわからない」「数カ月で人が辞めていく」といった課題が頻発するようになったんです。
さらに、日本とベトナムでは、プロダクトに対する姿勢に温度差がありました。たとえば、リリース直後のプロダクトでエラーが発生していても、「もう定時だから」と帰ってしまう。こうした課題を解決するため、実際に現地へ赴き、状況を把握することにしました。
――どうやって原因を特定したのでしょうか?
何もわからない状態からのスタートだったので、毎日とにかく観察と調査を続けました。最初の2〜3週間は、チームのすべてのイベント(朝会・定例など)に参加し、「日本側とどのようなやりとりをしているのか」「組織の中で誰がリーダーやコミュニケーションハブを担っているのか」などを把握していきました。また、ベトナムのメンバーだけでなく、日本のメンバーともやり取りを重ね、情報を整理しました。
当初は「ベトナム側の組織に問題がある」と考えていました。しかし、調査を進めるうちに、日本側にも大きな問題があることが明らかになったんです。例を挙げると、ベトナムに依頼していた作業の一部は、日本の特定のメンバーが吸い上げた情報をもとに進められていましたが、その担当者自身がシステム全体を把握しておらず、必要な項目まで「不要」と判断してしまうことがありました。また、各々が個別に連絡を取るため、レポートラインが複雑化し、誰も全体を管理できていない状況でした。
――どのように改善したのでしょうか?
課題の本質は、日本側の開発依頼体制とベトナム側の開発受け入れ体制が整備されていないことでした。スクラムガイドに則った開発プロセスを導入すれば、両者の問題を解決できると考えたんです。そこで、全員でスクラムガイドの読み合わせを行い、開発組織への適用を進めていきました。

また、私自身がベトナムのメンバーとの関係構築を十分にできていなかったことにも気づきました。なんとなく「ベトナムのメンバー同士で1on1をしているはずだ」と思い込み、距離を取っていたんですね。
しかし、実際にベトナムの組織を観察すると、1on1の文化は存在しませんでした。そこで、日本のメンバーと同じように接することに決め、通訳を介して全員と1on1を実施しました。その結果、メンバーが朝に声をかけてくれたり、パーティーや結婚式に誘ってくれたりするようになり、関係性が改善しました。
この変化により、リリース後にエラーが発生しても、以前は「もう帰る」と言っていたメンバーが「せめてリバートまでは対応してから帰ろう」と考えてくれるようになりました。信頼関係が築かれたことで、メンバーの仕事に対する意識が変わっていったんだと思います。
不確実性の高い時代だからこそ、“多様性”が重要になる
――ベトナムでの経験を経て、ご自身のマネジメントスタイルは変わりましたか?
かなり変わりました。人の話をよく聞くようになりましたね。以前はメンバーに対して「普通はこうするでしょ」と自分の価値観を押し付けがちでした。しかし今では、「なぜこの人はこう言っているのだろう」と背景を考えるようになりました。
日本とベトナムでは、常識や価値観が異なります。そのため、自分の思う「当たり前」が通用しない場面に何度も直面しました。その経験を通じて、「人間は育ってきたバックグラウンドが違えば、考え方や行動も変わる。自分はそれを理解できていなかった」と気づかされました。
もちろん、今でも「他の人の意見を完璧に傾聴できているか?」と問われると、自信を持って「はい!」とは言えません。でも、昔はまったくしていなかったので、大きな変化ですね。
私の場合、仕事をする中で特に「傾聴しなきゃ」と思うのは、自分の価値観と相手の価値観がぶつかったときです。そこで、「違うでしょ」と突っぱねるのではなく、まずは相手がなぜそう考えるのかを丁寧に聞くようにしました。そうすることで、「この人はこんな思想がベースにあるから、こういうコミュニケーションのほうが合うのかもしれない」と考え、対応できるようになりました。
――旧来型のリーダーシップは、「リーダーのやり方にみんなが従う」というスタイルでした。そのやり方と比較して、服部さんのようにメンバーの声を拾い上げるスタイルには、どのような利点があると思いますか?
かつては、「こうあるべき」という考え方を押し付けるやり方でも、組織は成り立っていたかもしれません。それは、事業の不確実性がそれほど高くなかったため、過去に成功したやり方をそのまま続けることが、会社を成長させるセオリーだったからです。
しかし、現代のように不確実性が高い時代では、それだけでは通用しません。昨日まで有効だったやり方が、今日になって突然通用しなくなることもあります。そうした状況では、さまざまな考え方を持つメンバーが組織にいたほうが、未知の状況への対応力が生まれます。
たとえば、ロールプレイングゲームで戦士だけのパーティーを組んだ場合、物理攻撃の効かない敵が出たときに全滅するかもしれません。でも、魔法使いや僧侶がいれば、どんな敵が来てもバランスよく戦えますよね。「アソビューのミッションやバリューに共感してくれること」は全員に共通していてほしいですが、それ以外の部分は多種多様であるほうが、強い組織になると考えています。
偶然に起きた出来事を積極的に受け入れ、すべてやり抜く
――日本へ戻られた後、マーケットプレイス事業のエンジニアリングマネージャーを経て、2024年からVPoEに就任されました。VPoEになってから、仕事内容にはどのような変化がありましたか?
エンジニアリングマネージャー時代よりも、さらに組織全体を良くすることに意識が向くようになりました。組織を活性化させるためには、まず個人がより前向きに働けることが重要です。そこで、1on1などを通じてメンバーの声を聞き、モチベーションを高めるための施策を実施しています。
たとえば、過去と現在の自分を比較するために履歴書を書いてもらい、「この仕事をどうやってできるようになったのか?」を振り返ることで、自分自身の成長を可視化できるようにしています。ほかにも、手を挙げれば別の開発チームに異動できる「キャリアチャレンジ制度」という仕組みを運用しています。
新しいポジションに挑戦することで、その人自身の働き方が変わるのはもちろん、元のチームも「あの人がいなくなったぶん、私たちが頑張ろう」と考えるようになります。結果的に、組織全体が活性化するんです。
一番大事にしているのは、アソビューに入社したエンジニアたちの市場価値を上げること。もし仮にアソビューを離れることになったとしても、他の会社で圧倒的に成果を上げられるくらい優秀な状態にして送り出すことですね。
――今回の記事は、「これからリーダーやマネージャーになる方」や、「現在リーダーやマネージャーを任されているものの、チーム運営がうまくいっていない方」も読むと思います。そういった方々に向けて、ご自身の経験を踏まえたメッセージをお願いします。
リーダーやマネージャーという役割は、間違いなく大変だと思います。人と向き合う仕事だからこそ、苦労することも多いです。しかし、エンジニアリング一本ではないキャリアを経験できることは、大きなチャンスだと考えてほしいですね。
キャリアの中で特定の職種にのみ集中していると、その職種でやっていけなくなったとき、大きなリスクを抱えることになります。しかし、ほかの役割も経験しておけば、生き残れる可能性が高まるはず。これは、性質の異なる金融商品を組み合わせて運用し、リスクを抑える「バーベル戦略」という投資手法に近い考え方です。せっかくの機会だと思ってやり切れば、新しいキャリアが見えてくるのではないかと思います。
――服部さん自身は、今後のキャリアでどのようなことを実現したいですか?
アソビューの開発組織をもっと強くしていくことです。5年先、10年先には、アソビューはさらに大きな会社になっているはずです。それに伴い開発組織も拡大していきますが、その運営が円滑に進む環境や仕組みを整えていけたらと考えています。もちろん、自分一人の力だけでは目標を達成できないので、みんなと力を合わせながら施策を推進していきます。
――自分が成長することよりも、アソビューの開発組織が成長することを大切にしているのですね。
そうですね。余談ですが、ちょうど最近、自分のキャリアを整理したんですよ。これまでの経験やライフプランはスラスラ書けたんですが、仕事におけるキャリア目標は何も書けませんでした。
なぜかと考えたところ、自分の思想のベースにあるのが「計画的偶発性理論(Planned Happenstance Theory)」だからだと気づきました。つまり、自分が与えられた機会を積極的に受け入れ、全力で取り組めば、キャリアは結果的についてくるものだと考えています。変化する社会や環境に適応しながら、それに伴って自分自身を進化させていく。それが、自分にとって最適なキャリアの築き方なのかなと思います。
取材・執筆:中薗昴
撮影:山辺恵美子