1年間に2つの技術カンファレンスを主催。fortee開発者・長谷川智希さんが語るカンファレンスの魅力と、やりたいことを続けるキャリア

特定の分野に関わる技術者が集まって、好きな技術について思う存分語りあう……そんな技術カンファレンスの魅力に、すっかり魅了された方がいます。

デジタルサーカス株式会社でCTOを務める長谷川智希さんは、2016年にiOS技術者向けのカンファレンス「iOSDC Japan」を、2018年にPHP関連技術者向けのカンファレンス「PHPerKaigi」を立ち上げました。現在も両カンファレンスの実行委員長を務めており、3日間にわたる濃密な内容は、技術者のあいだで“長谷川カンファレンス”と呼ばれるほど。

さらに、技術カンファレンスの支援プラットフォーム「fortee」を自ら開発。スポンサー対応やトークの募集などの機能を兼ね備え、他のカンファレンス主催者にも広く使われる存在となっています。

本業もありながら、1年間に2つのカンファレンスを主催する長谷川さんに、カンファレンスの魅力とこだわりについて話を聞きました。

1年間で技術カンファレンスを2回開催するスケジュールとは?

――長谷川さんが実行委員長を務める2つのカンファレンスは、両方とも3日間にわたる大きなものですよね。1年を通して、どのようなスケジュールで動いているのでしょうか?

基本的には3月にPHPerKaigi、9月にiOSDC Japanというスケジュールなので、半年間かけて準備して、本番が終わったらまた半年間かけて準備して……を繰り返しています。2つのカンファレンスとも、中身はだいたい同じことをやっているんですよ。

――確かに、どちらも1日目に前夜祭、2日目にオープニング、最終日にクロージングと懇親会……という流れですね。

2日目に懇親会を持ってくるカンファレンスもありますが、僕らはトークに登壇するスピーカー達を最後まできちんと労いたいので、最終日に懇親会を設けています。スタッフとの打上げは別途行うようにしていますね。

――本番までの半年間では、具体的にどのような流れで準備を進めるのでしょうか。

会場は1年前に押さえないといけないので、本番終了後すぐに来年の会場を押さえておきます。その半年後に準備がスタートするわけですが、最初はロゴやウェブサイトのデザインから着手していますね。

カンファレンスによっては、定番のロゴを毎年使うところもありますが、僕は毎年変えないと飽きちゃうんですよ(笑)。デザインができたらTシャツなどのノベルティを作り始め、並行してスポンサー募集を開始します。

ここまでが2ヵ月くらいで、次の2ヵ月で登壇するスピーカーの募集と選定を行います。ノベルティも引き続き作成して、すべて作り終わったら箱詰めして参加者に送ります。

――箱に詰めて送る……?

僕らのカンファレンスは、事前にノベルティ一式を参加者に送るようにしているんです。箱詰めや発送は業者にお願いしています。ちなみに箱のデザインもオリジナルです。

本番1ヵ月前には、バナーや横断幕など会場に設置する制作物を作り始めます。あとは動画作成ですね。2017年ぐらいから、僕が大好きな声優さんにナレーションを依頼していて、これまでiOSDC Japanでは三石琴乃さんや緒方恵美さん、立木文彦さんに、PHPerKaigiでは小桜エツコさんにお願いしてきました。

――豪華なメンバーですね……! 本番1ヵ月を切ったあとはどんな感じですか?

スタッフのお弁当や、現地で出すお菓子など、当日必要な食べものの準備を始めます。そうしたもろもろの準備を終えて、当日を迎えるという流れです。

――そして本番が終わると……。

次のカンファレンスのロゴを作り始めます。その繰り返しですね(笑)。

なぜ“長谷川カンファレンス”は「3日間開催」なのか

――濃密な6ヵ月を繰り返されていることがよく分かりました。ちなみに、ノベルティを箱に詰めて事前に送るようにしたのは、なぜなのでしょうか?

以前は、スポンサーの皆さんからお預かりしたグッズをトートバッグに詰めて、現地でお渡ししていたんですが、コロナ禍でそれができなくなってしまったんです。スポンサーとして出資いただいてる以上、グッズで露出をしなくてはいけない。どうしよう……と悩んだ末に「よし、送ろう」と。

もちろん、送料などコストはかかるのですが、やってみるとメリットも多かったんです。まず現地で大量のトートバッグをさばく必要がなくなり、受付がコンパクトになりました。さらに、参加者に箱が届いた瞬間から、グッズの写真と共に「楽しみ!」という投稿がSNSにあがって、盛り上がり始めたんですね。

事前にTシャツを送っておけば、それを着て当日に会場に来てもらうこともできます。これはいいことしかないな、と、コロナが明けた後も続けることにしました。

――結果的にワクワク感を演出することになったんですね。お話を聞いていると、ロゴやバナーを毎回作るなど、運営サイドもワクワク感を絶やさぬようにしていると感じました。

そうですね。基本的に、自分たちがやりたいことだけをやるように心がけています。グッズも、ステッカーやタオルマフラーなど、スタッフが作りたいものを作っていたりしますし。会場設備でも、あるスタッフが「撮影スポットを作りたい」と、自ら担当してくれたりしました。

――ちなみに、スタッフは何人ぐらいいるんですか?

スタッフは3種類います。6ヵ月前から事前準備に携わるスタッフと、当日だけ手伝ってもらうスタッフ、あとはネットワークを設計するスタッフです。事前準備から携わるスタッフは20人から30人、全体だと80人ぐらいだと思います。

iOSDC JapanとPHPerKaigiで似たようなことをしているので、片方に関わっているスタッフを、もう片方に勧誘することもよくあるんですよ。「ほとんど同じ仕事だから」と(笑)。いまは7割くらい同じメンバーで、2つのカンファレンスを回しています。日程が3日間あるので、初対面のスタッフ同士でも最終日にはすごく打ち解けていますね。

――日程を3日間にしているのも、長谷川さんのこだわりなのでしょうか?

そうですね。初回のiOSDC Japan 2026は2日開催でしたが、それ以降は基本的に3日間にしています。初日は前夜祭なので、正確には2.5日ですね。技術カンファレンスは技術の話をみっちりする場であってほしいので、「参加費あり&2.5日開催」にはこだわっています。

ただ、最初のころは「長ければ長いほど楽しいんじゃないか」と思って、1回だけ4日間にしたことがあるんですよ。1日伸ばしたんです。そうしたら、やってもやっても終わらなくて。

――(笑)

海外のカンファレンスは1週間くらいあったりするので、ちょっと憧れもあったんです。でも、そもそも海外のカンファレンスは、うちみたいに9時から20時まで1日中やってない(笑)。なので、経験則として2.5日がおすすめです。

支援プラットフォーム「fortee」に注入された“長谷川カンファレンス”の思想

――長谷川さんは技術カンファレンス支援プラットフォーム「fortee(フォルテ)」も開発されています。どういった経緯から開発をされたのでしょうか。

初めてiOSDC Japan2016を開催したときは、Googleフォームでスポンサーやトークを募集して、その情報をGoogleスプレッドシートで管理し、メールを1通1通手で送信していました。他のカンファレンスも大体そんな感じだったんですね。

ただ、僕らもプログラマーなので、つらいところはプログラムで解決したくなって。とりあえず最初に、メールを大量に送るだけの単機能ツールを作りました。

――そこが一番つらかったんですね。

そうですね(笑)。その後、翌年にPHPerKaigiの開催が決まり、「必要な情報は大体わかったからツール化しよう」と、2017年12月から本格的に開発に取り組みました。スポンサーの募集と、プロポーザル(※カンファレンスで発表を希望する人が事前に提出するドキュメント)の募集、そしてメール送信機能を盛り込んで、「fortee」を公開したんです。

――そこから機能をブラッシュアップされていったわけですね。

さっきGitのコミット数を確認したら、5800ぐらいありました(笑)。現在は、スタッフ投票やタイムテーブル作成、ノベルティの発注管理、Googleドライブ等の外部ツール連携などの機能を備えています。表には見えない部分が多いので、初めてスタッフになった人は「forteeってこんなにデカかったんだ」と驚きますね。

――最近追加された機能はありますか?

最近の主な追加機能は、チケット販売機能です。お金を扱うのはなるべく避けたくて、海外のチケットサービスを使ってきたんですが、限界が来てしまって……。そこでStripeという決済サービスが良さそうだと分かったので、重い腰を上げてチケット販売機能を盛り込みました。

基本的に開発は僕1人なんですが、最近は手を貸してくれるスタッフもいます。販売したチケットをiPhoneなどのウォレットに登録する機能なんかは、スタッフが作ってくれましたね。

――今では技術カンファレンスに欠かせないツールになっていますよね。YAPCの皆さんも、当サイトのインタビューで長谷川さんにお礼の言葉を述べていました。

findy-code.io

ありがたいですね。ここ1~2年で、あちこちのカンファレンスに使われるようになってきたので、あまり気楽にデプロイしないほうがいいかな……(笑)

――長谷川さんのカンファレンス運営に関するこだわりは、forteeにも盛り込まれているのでしょうか。

はい。forteeは「情報をオープンにする」という思想で設計されています。たとえば、「スポンサーとのやり取りは一部のスタッフしか知らないほうがいい」と考える方もいるんです。それはそれで、そのカンファレンスの考え方ではあるんですが、僕は「今なにが起きているか全員で共有したほうがいい」という考えなんですね。

情報が一部のスタッフに限定されていると、他のスタッフは「自分の担当じゃないな」と考えてしまい、情報を持つスタッフがどんどん孤立してしまう。最悪の場合、疲れて辞めてしまうことになりかねない。

なのでforteeでは、メールとSlackを連携させて、メールが届いた瞬間にSlackに文面と共に通知が来るようにしています。届いたメールは各スポンサーのスレッドに振り分けられ、過去のやり取りを誰でも確認できるようになっているんです。

――なるほど……。でもforteeのユーザーには「メールの公開範囲を制限したい」という人もいませんか?

これがforteeの設計思想なので、できないですね。僕の信じる平和に反するので。

他に思想的なところで言えば……トークを採択する際のスタッフ投票は、「タイトルと本文だけ」が表示された画面を見て投票するようになっています。スピーカーの知名度によらず、純粋に内容だけで選ぼうと。

――なるほど、それはかなり強めの思想ですね……。

ただ一方で、実は「スピーカー名だけを見て投票する」という機能もあるんですよ。

――完全に逆の機能じゃないですか。

たまにいるんです。文章を書くのは苦手だけど、めちゃくちゃ面白い話をする人が。なので、スピーカーが大まかに決まったところで、僕が両方の投票画面を見ながら、最終的な採択をするようにしています。「この人いい話するんだよなぁ」と。

――思想やこだわりだけでなく、現場で得た経験もforteeに組み込まれてきたわけですね。

やるべき作業ができたとき、プログラムを書くところから始めたほうが気持ちよくできるんです。そのまま作業した方が早く終わるとしても、プログラムを書きたい。そうやって自分の思想を組み込みながら、徐々にforteeは大きくなってきました。

そういうわけなので、forteeを使われる方は、知らないうちに「長谷川カンファレンス」の思想を受け継がれていることになります(笑)

誰かの人生に良い影響を与えられる存在であること

――ここまでカンファレンス運営について聞いてきましたが、そうは言っても長谷川さんには本業もありますよね……?

はい、デジタルサーカス株式会社でCTOを務めています。実はここ数年で、本業の稼働を20パーセントぐらいまで落としたので、以前より忙しくはないんですよ。

――そうなんですか!? なぜ仕事量を減らされたのでしょうか?

理由はいろいろあるんですが……。デジタルサーカスには2001年入社して、ずっと技術系の役員として働いてきたんですね。当時は社員数4人だったので、作るのもマネジメントをするのもすべて自分でした。

それから20年以上経ち、社員も10倍以上に増えたので、どうしてもマネジメントが中心になってきました。社内で各チームが自律的に動けるようになってきて、「これは口を出さないほうがうまくいくな」というケースも増えてきたんですね。

――組織の成長を感じることではありますが、寂しさも少しありますね。

僕はしゃべるのが好きなので、どうしても「そのまま行くと転ぶよ」とか口を出したくなるんですが(笑)。やっぱり自分で転ばないと痛みも分からないし、クリティカルなもの以外は任せてもいいのかなと。

今年で49歳になりますし、そう遠くないところに60歳も見えてきました。そもそも自分はプログラマーだし、技術カンファレンスも2つ主催している。そろそろ人生の時間配分を変えたいなと思って、会社に相談した次第です。

――残りの20パーセントは、どんな仕事をされているんですか?

エンジニア採用に携わっています。面接で技術の話を深く話し合えるのは、やはり自分だろうという自負もありますし、いい採用ができたときはすごく気持ちがいいんですね。「ぜひ来てほしい」と思った人が来てくれたり、チームで活躍してくれたりするのが、もう快感なんです。

会社を辞めてフリーランスになるという選択もありましたが、20年以上いた会社には愛着もありますし、貢献できる部分はしていきたいなと。社内の調整は難しかったと思いますが、よくわがままを聞いてくれたと思います。PHPerKaigiのスポンサーもしてくれてますし、いい会社です(笑)。

――本業の稼働が減ったことで、カンファレンスに注ぎ込む時間も増えましたか。

増えましたね。時間ができた分、カンファレンスに対する情熱がアップしているので、結局本業100パーセントのころと同じくらい忙しいです(笑)。これまではスポンサー対応など「やらなきゃいけないこと」以外にも、自分たちの「やりたいこと」に取り組める余裕が出てきたように思います。

――カンファレンスは「自分たちがやりたいことだけをやるように心がけている」というお話もありました。長谷川さんのキャリアも、まさに「やりたいこと」を選択されているように感じます。

そうですね。カンファレンスは、人生のターニングポイントになりがちなんです。

「去年参加したら楽しかったので」とスタッフに応募される方や、カンファレンスでスポンサーと話したことをきっかけに入社される方、スピーカーとして登壇したら急に注目されてスターダムにのし上がっていく方など、本当にいろいろな方を見てきました。

誰かの人生に良い影響を与えられるのは、やりがいもありますし、なにより楽しいことです。この先も、カンファレンスは続けていきたいなと思っています。

――人生に影響を与えるという意味では、エンジニア採用にも通じるものがありますね。

昔はプログラムを作るだけで面白かったんですけど、ある程度経験を積むと、誰かの人生が良い方向に進む助けになれることが、すごく楽しくなりますね。なので、本業もカンファレンスも、ますます辞められません(笑)。